浦和聖書バプテスト教会

《 マリヤの応答 》

2016-12-11

「ほんとうに、私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおりこの身になりますように。」(ルカ1:38)

 

主は婚約中のマリヤに〈みごもって、男の子を産みます。  (31節)〉と伝えました。一見すると非常に身勝手に思えます。ところが、彼女は従っているのです。どうしてなのでしょうか?

第一に、マリヤが神のはしためとして生きていたからです。彼女は〈ほんとうに、私は主のはしためです。〉(38a節)と言っています。この「はしため」とは「女奴隷」と訳せる言葉です。そして、奴隷には必ず主人が必要です。主イエスは〈だれも、ふたりの主人に仕えることはできません。〉(マタイ6:24)と言いました。信仰者は二人の主人からどちらかを選ばなければならないのです。一つは自分の「宝」を主人とする、宝の奴隷としての生き方です(マタイ6:21)。これは本来、未信者の生き方ですが、これを選んでしまう方が実に多いのです。もう一つは、「神」を主人とする、神の奴隷となる生き方です。マリヤはこれを選んで生活していました。ですから、みことばに従えたのです。

第二に、マリヤが神のみことばを信じ切ったからです。彼女は〈おことばどおりこの身になりますように。〉(38b節)と語っています。この言葉には、彼女が信じきったことがよく表れています。彼女は「処女降誕」という奇跡を、〈神にとっては不可能なことは一つもありません。〉(37節)というみことばによって信じたのです。ここに全能なる神を信じきった人の姿を見るのです。親類のエリサベツはこのマリヤの姿を見て〈信じきった人〉(45節)とその信仰を証しています。マリヤは、みことばを完全に信じきりました。ですから、従うことができたのです。

マリヤは、このような信仰でみことばに受け止めました。ですから、身勝手に思えるようなみことばでも従順な応答ができたのです。私たちはどうでしょうか?クリスマスの時期、もう一度、神のみことばに対する在り方を考えましょう。   (文:実成)
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