浦和聖書バプテスト教会

《 自立と冒険 》

2010-02-26

  それから、幾日もたたぬうちに、弟は、何もかもまとめて遠い国に旅立った。 (ルカ 15:13)

 「自立」と言いますと、私たちはすぐ経済的な自立のことを考えてしまいますが、経済的な自立は、精神的・心理的な自立があってはじめて成り立つものであることを知っておかねばなりません。◇この主イエスのたとえ話に登場してくる放蕩息子は、このことを良く示してくれていると思います。彼は父親の身代を分けてもらったのですから、はじめから経済的な自立をするには十分であったわけです。しかし、心の面での自立ができていなかったために、その財産を放蕩して湯水のように使ってしまうのです。心の面での自立ができてない人は、豊かな賜物を与えられていても、それを活かすことができません。勿論、信仰生活においても同じことが言えます。◇しかし、そうであれば、この父親の姿は不思議です。自立ということで不十分と分かっている息子に、どうしてだまって身代を分けてやったのでしょう。失敗するであろうと分かっている息子を、どうして遠い国に旅立たせたのでしょう。この後の物語で明らかなように(20)、この父親は決して無責任な放任主義者ではありません。だれよりもこの息子を愛し、心配していたのです。それならばなぜ、挫折に向かう息子の歩みにストップをかけなかったのでしょう。◇実はここに、自立という人生における非常に重要なテーマがあるのです。自立とは、自分の人生を自分で生きぬくことです。ですから、管理や強制の中では学ぶことはできないのです。管理や強制の中にいれば失敗の危険はないでしょうが、自立を学ぶこともできないのです。ここにこの父親の知恵があります。この父親は、そう言う意味で、息子に冒険をさせ、みずからも冒険をしているのです。

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