浦和聖書バプテスト教会

《 誘惑と人生 》

2016-12-04

人はそれぞれ自分の欲に引かれ、おびき寄せられて、誘惑されるのです。 (ヤコブ1:14)

 

誘惑のない人生など何処にもありません。たとえ山奥でひとりで住んでも、生きている限り、誘惑は絶えず生じてきます。◇誘惑は私たち誰もが持っている欲望と直結しているからです。生きているということは、欲望があるということでもあります。ですから、欲望を完全に絶ち切ることは死ぬことを意味しているのです。聖書は、決して、欲望をなくすために修行をしなさいとは勧めていません。神の秩序と倫理に従って、正しく活かすことを教えているのです。この点を怠っているところに、混乱と罪の生活が生じているのです。欲望そのものが罪なのではなく、欲望を罪と死につなげてしまうことが問題なのです。◇ヤコブは〈欲がはらむと罪を生み、罪が熟すると死を生む〉(15節)と言います。欲→罪→死という連鎖をどこかで絶ち切らねばなりません。一番のぞましいのは、欲がはらまないように生きることです。このために、私たちは神の秩序と倫理を知らねばなりません(17~18節)。欲望を正しく活かすためにです。しかし、それでも罪に陥った時には、罪が熟さないうちに悔い改めて、神の御こころに立ち返ることです。肉体的な意味においても霊的な意味においても、死に至ってしまったら、もう人生はおしまいです。愚かにも、この世界にはそんな人が多いのです。◇12月に入りました。何かと誘惑の多い季節です。しかし、私たちにとっては、最も神の愛と恵みを覚える時節です。改めて、神のひとり子が、私たちを罪と死の誘惑から救い出すためにこの地上に来られたことを覚えねばなりません。この恵みの時節を、欲に引かれておたおたと生きるのではなく、じっくりと神の愛を噛みしめて過ごしたいものです。
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