浦和聖書バプテスト教会

《お金と信仰について》

2015-07-12

 

「裕福な者が神の国に入ることは、何とむずかしいことでしょう。」 (マルコ10:23)

 

この御ことばは、所有している多くの財産の故に救いを受け損なったひとりの青年が帰った後で、主イエスが弟子たちに語られたものです(22)。◇誤解してはいけませんが、主は、金持ちは救われないと言っているのではありません。むずかしいと言われたのです。どれくらいむずかしいかと言うと、<らくだが針の穴を通る>よりもっとむずかしいと言われたのです。すぐに弟子たちは「それでは誰も救われないではないか」と反論しますが(26)、主イエスは、それは人には出来ないが、神にはどんなことでも出来ると答えておられます(27)。全能の神が働かれれば、金持ちも救われると語られたのです。◇ただ主イエスの意図された意味を汲み取れば、お金が信仰を豊かにすることはなく、かえって妨げになることが多いと言っておられるのでしょう。これには納得です。Ⅰテモテ6:9,10。<金銭を愛することが、あらゆる悪の根>とは、人の心の暗やみを穿った名言だと思います。実際に、お金が絡んでない悪はほとんどないでしょう。信仰生活においても、お金の問題でつまずく人はいるのです。私たちは<満ち足りる心を伴う敬虔>(6)を学ばねばなりません。◇ついでに<富んでいる人たち>に向けられた使信にも目を留めておきましょう。Ⅰテモテ6:17~19。<たよりにならない富に望みを置かないように。むしろ・・・神に望みを置くように。>と勧められています。救いの完成や信仰生活の豊かさには、お金はまったく<たよりにならない>のです。反対に、主が嫌われる<高ぶり>に陥る危険が大きいのです(ヤコブ4:6)。誰だってお金の魅力には弱いのです。お金であろうと富であろうと、主なる神様以外に望みを置いている生き方こそ改めねばならないのです。
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