浦和聖書バプテスト教会

《ことばと権威》

2010-02-26

  そのとき、主は御手を伸ばして、私の口に触れ、主は私に仰せられた。「今、わたしのことばをあなたの口に授けた。 (エレミヤ1:9)

 何をどう語ってよいか分からない。これはエレミヤだけでなく、みことばの働きをなそうとする者なら誰でも覚える悩みです。◇しかし主は、御手を伸ばして彼の口に触れ、彼に主のことばを授けてくださいました.。<今、わたしのことばをあなたに授けた。> このような主の取り扱いを受けて、彼は主の預言者として立って行くのです。これは、私たちにも必要な主の取り扱いではないでしょうか。イザヤも同じ経験をしてることをイザヤ書6章に確かめることができます。◇三つの重要な意味が考えられます。ひとつは、自分の言葉が聖められることです。私たちは、普段ずいぶんと汚れた言葉を使っているのではないでしょうか。ヤコブ書3:11には<泉が甘い水と苦い水を同じ穴からわき上がらせるというようなことがあるでしょうか。>と問いかけられています。主のみことばを語る者は、まず、汚れた言葉、人を傷つける言葉を聖めていただかねばなりません。◇二番目に重要なことは、何を語るか、即ちその内容です。私たちは、自分の思想や哲学を伝えるのではなく、キリストの福音を語らなければなりません。<ユダヤ人はしるしを要求し、ギリシャ人は知恵を追求します。しかし、私たちは十字架につけられたキリストを宣べ伝えるのです。>(コリントⅠ1:22,23) ◇最後に覚えたいことは、ことばの権威の問題です。<あなたがたがだれかの罪を赦すなら、その人の罪は赦され、あなたがたがだれかの罪をそのまま残すなら、それはそのまま残ります。>(ヨハネ20:23)と主イエスは言われました。私たちクリスチャンには、罪を赦す権威が授けられているのです。

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