浦和聖書バプテスト教会

《なぜ信仰なのか》

2004-05-23

あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。 (エペソ2:8)

 

神様は、私たちが救われるために、「信じる」という方法をお定めになりました。◇これは、人間の側からは、なかなか納得の行かないことのようです。というのは、人はたいてい何かを為すことによって救われると考えているからです。この世の中のほとんどの宗教がそうです。大きな犠牲が必要であったり、中には難行苦行を積んでようやっと救われる宗教もあります。人はどうしても、救われるためには何かをしなければならないと考えてしまうようです。◇しかし、もし私たちが何か「行い」によって救われるのであれば、それは<恵み>ではなく、<自分自身から出たこと>になってしまい、結局は自分を<誇る>ことになってしまいます。神様は、救いが<神からの賜物>であることを常に明確にするために、人間の一切の行ないを無にされたのです。ですから、信仰によって救われたということを本当に知っている人は、低くならざるを得ません。クリスチャンの謙遜は、信仰による救いと深い関わりの中で生まれてくる資質なのです。◇こんなことも考えておかねばなりません。行ないには常に限界が伴いますが、信じることには、特別な人を除いて、ほとんど限界がありません。心は体よりはるかに自由なのです。民数記21:4~9。信じることは、すべての人に平等に与えられている特権なのです。神様が、すべての人を救うために、ある特定の人だけに与えられいる能力を用いられるはずがありません。救いほど平等に与えられている神の賜物はないのです。信じる者はだれでも、何の差別もなく救われるのです。そのために主イエスは十字架で死なれたのではないでしょうか。


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