浦和聖書バプテスト教会

《イスカリオテ・ユダ》

2003-02-16

ユダは、パン切れを受けるとすぐ、外に出て行った。すでに夜であった。 (ヨハネ13:30)

 

主イエスがユダを弟子のひとりに加えていたのも不思議なことですが、ユダにはユダの考えがあったようです。多くの人が想像しているように、彼はイエスを政治的な救い主と考えていたようです。◇当時のイスラエルは、ローマ帝国の圧政に悩み苦しんでいました。自国を愛する者ならだれでも、ローマの支配からイスラエルを解放してくれるメシアを求めていたのです。ユダもイエスにそのような期待を寄せる者のひとりだったのでしょう。ところが、そのイエスが人々の手に捕らえられ殺されてしまうというのですから、彼の失望は並々ならぬものだったのでしょう。ですから彼の裏切りは、主イエスに寄せる期待の最期の切り札だったのかも知れません。◇もち論、このようなメシア観は人間の側で勝手にこしらえたものですが、今日でもこのように考える傾向はあるのです。否、他の11人の弟子たちでさえ、そのように考えていた節さえあります。人は自分の苦しみに相当するメシアを考えてしまうのです。私たちは、ユダの心の中に「イエスに裏切られた。」という思いがあったことを無視することは出来ません。自分のメシア観を押し通す者は、やがて失望しなければならないのです。◇主イエスはユダに「あなたがしようとしていることを、今すぐしなさい。」と言われました。ユダはこのことばを聞いて、どんな気持ちで外に出て行ったのでしょう。今すぐとは、すでに自分の考えを実行に移す時が来たことを意味しています。主イエスの時とユダの時とが一致したのです。これが十字架の時なのです。救い主を裏切る時が、同時に救いが実現される時になっているのです。ハレルヤ。


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