浦和聖書バプテスト教会

《クオヴァデス ドミネ》

2003-03-16

シモン・ペテロがイエスに言った。「主よ。どこにおいでになるのですか。」 (ヨハネ13:36)

 

ここには、ペテロと主イエスとの個人的なやりとりが記されています。ペテロにとっては、互いに愛し合うことよりも、どうも33節の主のことばが気にかかっていたようです。◇このやりとりでまず教えられることは、主はペテロの現在の姿を全部ご存知であられたということです。<あなたは今はついて来ることができません。>それどころか、<鶏が鳴くまでに、あなたは三度わたしを知らないと言います。> これは、ペテロの心意気を削ぐようなことばですが、真実です。主はペテロの真実な姿を、ペテロ本人よりもよく知っていてくださったのです。その上で彼をみちびいておられるのです。◇そればかりではありません。主はペテロの今後さえも全て見通しておられるのです。<しかし後にはついて来ます。>本当にあなたは、わたしのためにいのちを捨てることになります。事実はその通りになっていったことを私たちは知っています。ペテロの最期は、ローマで逆さ十字架だったと言い伝えられています。今はついて行くことができないが、後にはついて行くことができる。これが主の取り扱いであり、私たちの希望なのです。◇クオヴァデスの言い伝えは、信仰の真髄をよく物語っているのではないでしょうか。この時は三度も主を否んだ弱いペテロが、再び「主よ。どこにおいでになるのですか。」と尋ねる時を迎えるのです。そしてその時は、今度は主とともに迫害の真っ只中にあるローマに帰っていくのです。私たちはどうでしょうか。「主よ。ローマに行って迫害の中にあるクリスチャンたちを助けてあげてください。私は逃げますから。」 こうでないことを祈るだけです。


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