浦和聖書バプテスト教会

《世に憎まれるイエス》

2003-10-05

世はあなたがたを憎むことはできません。しかし、わたしを憎んでいます。わたしが、世について、その行ないが悪いことをあかしするからです。(ヨハネ7:7)

 

肉親の兄弟たちにお答えになられたこの主イエスのみことばには、何故主イエスが世に受け入れられないのか、その理由が明らかにされています。◇それは<世について、その行ないが悪いことをあかしする>からです。即ち主は、世の様々な罪を指摘し、糾弾し、悔い改めを迫ったからです。そう言えば、主イエスの宣教開始のみことばも「悔い改めなさい。 天の御国が近づいたから。」(Mt4:17)でした。人は罪の問題をあやふやにしたままで救われることは決して出来ないのです。世はいつも罪を隠し、ごまかして済まそうとします。しかしそれは、天の御国に背を向けた歩みなのです。主は、その隠された罪をえぐり出し、悔い改めを迫るのです。◇これは決して心地よいことではありません。私たちは、自分の罪が指摘された時の苦しみを知っています。その苦しみはすぐに、憤りや憎しみに変わります。罪が指摘された時、それを素直に受け止められるほど私たちは謙遜ではないのです。当時の指導者たちが、何故主イエスを憎み、殺そうとしたか、ここに本当の理由を見るのです。もし主イエスが彼らの罪に触れなかったなら、彼らは主を歓迎したでしょう。◇しかし天の御国を目指す者は、罪をあやふやにすることは出来ません。御霊なる主はそれを許さないのです。これまでの信仰生活の中で、主が憎らしくなるほど罪が指摘されたことはないでしょうか。もしそういう経験がないなら不幸なことです。世は主を憎み十字架につけます。しかし私たちは、その十字架の前で罪を悔い改め、天に向かって行くのです。ハレルヤ。


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