浦和聖書バプテスト教会

《世界の光ならば》

2011-01-02

  あなたがたは、世界の光です。山の上にある町は隠れる事ができません。    (マタイ5:14)

 昨日の元旦礼拝の続きです。二つ目に主イエスは、クリスチャンをたとえて<世界の光>だと言われます。◇同じように聞こえますが、<地の塩>とは微妙な違いがあります。<地の塩>においては、主は<塩け>を持つことの重要性を訴えておられますが、<世界の光>では輝くこと、即ちその働きを強調しています。つまり、すでに光源は備わっている、だから次に大切なことは、それで世界を照らすことだと言っておられるのです。続けて、この世におけるクリスチャンの存在は<山の上にある町>のようだとも言われます。何処からも常に見えます。特に、あたりが暗くなると、その輝きは一層増してくるのです。<燭台>のたとえも同じことを強調しているのでしょう。◇では、クリスチャンの持っている光源とは何でしょうか。私たちはすでに、ヨハネの伝えたクリスマスでそれを学びました(ヨハネ1:4,5)。論理上はきちんと区別して考えねばなりません。私個人の光は、せいぜい半径5メートルぐらいしか届かないでしょう。しかし、<人の光>であるキリストの光は、今でも<地の果てにまで>(使徒1:8)拡がり続けているのです。◇私たちはすでにこの<あかりをつけて>いるのですから、それを<枡の下に置く>ようなことはしてはならないのです。ノーベル平和賞を受けたときのマザー・テレサのことばを思い出します。ある記者が「世界には何十万という飢えた子どもいる。あなたは、その子どもたちのことをどう考えているのか。」と質問した時、テレサは皮肉たっぷりに「私は半径5メートル以内にしか関心がない。」と答えたそうです。考えさせられるではありませんか。半径5メートルの光が、世界の人々を感嘆させる光となったのです。

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