浦和聖書バプテスト教会

《主の救いを知れる者は》

2012-04-15

主は私のほうに身を傾け・・・私を・・泥沼から引き上げてくださった。そして私の足を巌の上に置き・・・(詩篇40:1,2)

 

 

この詩篇には、主の救いを受けた者がその後の人生をどのように歩むかが示されていて興味深いものがあります。◇先ずv1,2で、自分が経験した主の救いを明らかにします。彼は<滅びの穴><泥沼から>引き上げられて<巌の上に>立たせていただいたのです。これは真に救われているクリスチャンなら、誰でも必ず経験してることです。私たちもかつては<泥沼>の中でもがいていたのです。そして、もがけばもがくほど深みに沈むばかりでした。しかし、<引き上げられた>のです。そして、揺るぐことのない<巌の上に>立たせていただいたのです。これが主イエス・キリストの救いです。◇ところがこの詩篇の最後のほうに目を移すと、彼は再び主の救いを祈り求めているのです(13~15)。これをどう考えたらよいのでしょうか。本当は救われていなかったのでしょうか。ちがいます。彼は、現実の戦いに挑んでいるのです。どうやら彼は何らかの<わざわい>を受け、敵の激しい攻撃と非難にさらされていたのです。生々しい人生の戦いです。しかし彼は、ひるんではいません。ただ嘆くだけでもないのです。現実的な主の救いを求めているのです。◇ここに私たちは、<巌の上に>置かれた者の姿を確認しなければなりません。戦いから逃げ出したり、嘆いたり、始めからあきらめたりしていないのです。巌の上に立って、今度は現実的な救いを求めて、果敢に人生の戦いに挑んでいるのです。私たちは、主の救い(巌)を知っているからこそ、こういう風に現実の戦いに向かうことが出来るのです。人生は戦いです。主イエスの救いに与っているから、逃げ出さないで、この戦いに挑むことが出来るのです。ハレルヤ。
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