浦和聖書バプテスト教会

《何のために来られたか》

2012-12-16

 

マリヤは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。この方こそ、ご自分の民をその罪から救ってくださる方です。」 (マタイ1:21)

 

御使いがヨセフに語ったことばです。明確に、主イエスは私たちを罪から救うために来てくださったと告げられています。◇人の願いと神の考えとは、何とかけ離れていることでしょう。ほとんどの人が、自分たちの一番大切な問題を他のことに置いています。そして、そのことに(神の)救いが現されればよいと願っているのです。罪のことは二の次三の次・・・否、ほとんど考えていないのです。もし人の願っていることが最も重要なことであるなら、確かに神様はその救いのために主イエスを遣わしてくださったでしょう。しかし、神様は初めから、人間にとって何が一番重要で深刻な問題であるかを知っておられたのです。◇罪の解決のないところには、真の幸いはありません。この地上に生じている諸々の問題に目を留めてみてください。それも表面的な事だけでなく、何故それが起こっているのか、根源的なところまで見てください。人間の抱えているすべての問題の根源に常に罪があるのです。愛の神は、私たちに一時的・表面的な救いを与えるためではなく、この根源的な問題を解決するために御子を遣わしてくださったのです。十字架は、罪からの救い以外の何ものでもありません。◇加えて、罪の解決なくしては、人は絶対に天の御国に入ることはできません。天国はまったく罪のない世界だからです。神の栄光だけが輝いているのです。聖書はこのことを明確に伝えています(ローマ6:23)。永遠の死か、永遠のいのちか。私たちにはこの二つの道しかないのです。今、私たちはどちらの道に立っているでしょうか。パウロは<私たちの国籍は天にあります。>(ピリピ3:20)と確言します。私たちはどう告白できるのでしょう。
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