浦和聖書バプテスト教会

《何のための栄光か》

2003-06-08

父よ。時が来ました。あなたの子があなたの栄光を現わすために、子の栄光を現わしてください。 (ヨハネ17:1)

 

ご自分が十字架につく時が来たことを知られると、主イエスはまず、栄光を与えてくださいと祈りました。v5も同じです。これはどんな祈りなのでしょうか。◇第一に注意しておかねばならない点は、主は、父に栄光を返すために自分の栄光を求めていることです(姿勢)。これは主イエスの全生涯を貫いている徹底した御姿でしょう。主は何を求めるにしろ、自分を喜ばせるためや自分を楽しませるために求めることはしませんでした。十字架の栄光は、父の栄光であり子の栄光であったのです。父とひとつになっていることは、こういった観点からも測られねばならないでしょう。◇第二に注目したいことは、それではその栄光は何のために求められたかということです(目的)。この答えがv2,3に示されています。これは簡単に言えば、私たちに永遠のいのちを与えるためであるということです。ですからここでは、永遠のいのちとは何かという定義はしていません。どうしたらそれが得られるかが語られているのです(3)。三位一体の神様を知ること、それが永遠のいのちなのです。神様を知らないが故に、自分に永遠のいのちが与えられていることが分からないでいる人が多いのではないでしょうか。◇第三に覚えたいことは、この栄光を得るために、主イエスは父から与えられたわざを行った(4)ということです(責務)。もち論、これが十字架にかかることで、明日に迫っていることでしたが、主はすでにそれを<成し遂げた>と言われます。主が一端心に決められたことは、明日であろうと未来であろうと、すでに成し遂げらたのです。アーメン。


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