浦和聖書バプテスト教会

《何を目標に定めるか》

2012-04-01

彼が近寄ってきたので「わたしに何をしてほしいのか」と尋ねられると、彼は「主よ。目が見えるようになることです」と言った。(ルカ18:41)

 

人生、何を目標に定めるかで祈り求めるものが決まってきます。ふたりの人物に目を向けてみましょう。◇ひとりはルカ18:35~に出てくる<盲人>です。平行記事を見ますと、彼はバルテマイと呼ばれています。彼は主イエスに、目が見えるようになることを願い求めました。目の見えない者が見えるようになることを求める。これは当たり前のように思えますが、実はこれがなかなか出来ないのです。もうひとりは、使徒3:1~に出てくる<生まれつき足のなえた人>です。彼もこの障害の故に、バルテマイと同じように<物ごい>をしていました。物ごいが何か<施し>を求める。これも当たり前のように思えますが、実は両者には大きな違いがあることに気付かされます。◇前者は「的を射た求め」、後者は「的をはずした求め」と言えないでしょうか。その違いを挙げれば、前者が人生を永続的に支えるものを求めたのに対して、後者は一時的な喜びを求めたに過ぎないのです。これには留意しなければなりません。人生の根本的な解決か、一時的な目先だけの喜びか、という違いとして捉えることも出来るでしょう。◇幸いなことに両者とも主イエスの恵みに与っていますが、『主に何を求めるか』という観点に立ってみると考えさせられるではありませんか。圧倒的に後者のような求めをしてる人が多いのではないでしょうか。新年度に入ったこの時に、改めて、自分の求める姿勢を吟味したいものです。一番いけないのは、主に何も求めていないことです。自足してしまっていませんか。加えて『的を射た求め』ができているかです。罪ということばの原義が「まとはずれ」であることを想い起さねばなりません。

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