浦和聖書バプテスト教会

《信仰人生で実を結ぶ》

2015-09-13

 

別の種は良い地に落ちて、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍の実を結んだ。 (マタイ13:8)

 

種はみことば、畑は私たちの心です。このことから先ず、実を結ぶ信仰人生は、みことばをどのように受けとめるかの私たちの心にかかっているといえるでしょう。◇初めに実を結ぶに到らない三つの例が語られています。1番目は、みことばの種が心の畑に落ちてないのです。これでは何も始まりません。2番目は、みことばが心に落ちるのですが、心の中が堅くて種が根をのばせないのです。上っ面だけの信仰ということでしょうか。みことばがその人の生き方、生活にまで浸透していないのです。3番目は、みことばの成長を妨げるものがいっしょに育っているのです。<世の心づかい>と<富の惑わし>と言われています(22)。これらはいずれも実を結ぶに到りません。◇実を結ぶのは、やはり<良い地>です。良い地とは、悪い地の反対を考えればよいでしょう。即ち、堅い石が取り除かれて柔らかい心で(エゼキエル11:19)、しかも、みことば以外に他のものが育ってないのです。ひとことで表現すれば、柔らかで清い心とも言えます。こういう心は、個人差こそあれ、必ず驚くほどの実を結ぶのです。ひと粒がひと粒のままで終わることはないのです(ヨハネ12:24)。時を経て芽を出し、成長し、花をつけ、実を結ぶに到るのです。◇私たちは改めて、みことばに対する自分の心が今どのような状態にあるのかを点検し直さねばなりません。エレベーターも電気もガスも必ず一年点検をします。それなのに、私たちの信仰の心だけが放って置かれてよいのでしょうか。私たちの心は常に変化します。対してみことばの約束は永久に変わりません。みことばが実を結ぶためには、私たちの方でなしておかねばならないことがあるのです。
音声はこちら


最近のメッセージ

年月別メッセージ

アクセスカウンター

  • 今日:203   昨日:222
  • Total:215011   Online User: 0