浦和聖書バプテスト教会

《全体と個という課題》(2)

2016-02-07

どうか、悪者どもや不法を行う者どもといっしょに私をかたづけないでください。   (詩篇28:3)

 もう少し詳しく言い換えると、全体としての世とクリスチャンである個としての私がどう関わるかという課題です。◇この点において、私たちは実にユニークな存在です。私たちは、全体としての世に組み込まれて、ただ時代の流れに押し流されていく者でもなく、かと言って、世との関わりを絶って孤立した者でもないのです。パウロは<この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ・・・>(ローマ12:2)と言います。ヨハネも<世と世の欲は滅び去ります。しかし、・・・>(Ⅰヨハネ2:17)と言います。私たちは、この独特な在り方に自分を据えて生きていく者なのです。◇しかし、きょうの詩篇聖句の示す課題は、神が全体としての世をさばかれるとき、私たちがどうなってしまうのかです。もし神が、終末最後のさばきのように、悪者だけを選んで確実にその者だけをさばかれるのなら何の問題もないのです。言い換えれば、世を神のさばきが襲っても、神に従う者はそれに会わないのなら何の疑問も起こらないのです。しかし現実はそうではありません。神に従う者も、神に逆らう者とともに苦しむことになるのです。旧約時代の伝道者も、この現実の課題にぶち当たっています(伝道者の書9:2,3)。◇きょうの詩篇聖句の意義とその重みが俄かに増して来るではありませんか。これは祈りであり、主に向かっての切なる訴えなのです。決して不信仰のことばではありません。<私に口をつぐまれて、私が、穴に下る者と同じにされないように。>(1b)とも祈ります。この地上に世が続く限り、定式化された解答などないのです。むしろ、この切なる祈りを心に秘めて、ひたすらに神の御旨に生きるところに、私たちの信仰生涯があるのです。


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