浦和聖書バプテスト教会

《召命と栄光》

2013-01-13

 

「あなたはわたしのしもべ、イスラエル。わたしはあなたのうちに、わたしの栄光を現わす。」 (イザヤ49:3)

 

自分がクリスチャンであることを、この聖句が示すような角度から捉えたことがあるでしょうか。◇<主は、生まれる前から私を召し、母の胎内にいる時から私の名を呼ばれた。>(1)とあります。私が救われてクリスチャンとなったのは、偶然でもなく、また人から出たことでもありません。永遠の神ご自身から来ていることなのです。これを「召命」と言います。私たちはこの点においても、自分中心の考え方に陥っていることがあるのではないでしょうか。私が選んだ神であり、私が決めたクリスチャンという生き方なのです。しかし、本当はまったく逆なのです。すべては絶対主権者であられる神から来ているのです。私たちは、<生まれる前から>神に召され、選び出されているのです。◇何のためにでしょう。神の栄光を担うためです。<わたしはあなたのうちに、わたしの栄光を現わす。」>と主は言われます。すでに学んだ48:11では<わたしはわたしの栄光を他の者には与えない。>とも言われています。旧約時代はイスラエル、今の時代は私たちクリスチャンです。私たちは、神の栄光を現わす「神の器」なのです。使徒パウロもこのことを強調しています(Ⅰコリント6:18~20)。彼が<自分のからだをもって>と言っているのには留意しなければなりません。◇自分がこのような者であることを知ったなら、おのずから私たちの生き方も定まってくるのではないでしょうか。神の栄光を現わしそうにないないことは大胆に捨てなければなりません。反対に、神の栄光を現わす事柄は勇気をもって取り入れて行かねばなりません。クリスチャン人生の祝福は、この取捨選択で勝ち取られて行くのです。アーメン。
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