浦和聖書バプテスト教会

《家庭と信仰生活》

2015-07-19

 

「あなたの家、あなたの家族のところに帰り、主があなたに、どんな大きなことをしてくださったか、どんなにあわれんでくださったかを、知らせなさい。」(マルコ5:19)

 

主イエスは何故、この人がついて来るのを許されなかったのでしょう。◇少し経緯を辿るとすぐその理由が分かります。この地は<ゲラサ人の地>であり、そこに住んでいる人々はまったく主なる神を知らなかったのです(1)。もし彼がイエスの一行に加わりこの地を去ってしまったら、主イエスの救いを宣べ伝える者がひとりもいなくなってしまいます。そうしたら、主がわざわざ湖を渡ってこの地に来た意味が消滅してしまうのです。だから主は、イエスのあかし人として彼をこの地にとどまらせ、このような命を与えたのです。◇彼は救いを受けたばかりで弟子訓練を受けたわけでもなく、聖書の教理を学んだわけでもありません。しかし確かなことは、主イエスが自分の身になしてくださったことです。これなら、言葉だけでなく、身をもってあかしできます。<イエスが自分にどんなに大きなことをしてくださったかを>です。あかしとは本来これを語ることなのです。言葉だけ、知識だけのあかしは、むしろ説得力に乏しいものです。Ⅰテサロニケ1:5 まず自分の家族からです。◇興味深いことは、主イエスは<あなたの家族のところに帰り>と言われたのに、彼は<町中に>(ルカ8:9)、さらに<デカポリス地方>(20)まで言い広めたのです。これを命令違反と考える人はひとりもいないでしょう。むしろ、主イエスがなそうとしてなせなかった宣教を(17)主に代わってなしたのです。自分の家族から始めて、なんとデカポリスの人々にまで。有名なパウロのことばを想い起します(コロサイ1:24)。<私の身をもって、キリストの苦しみの欠けたところを満たしている>とは、まさに至言ではないでしょうか。
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