浦和聖書バプテスト教会

《悔い改めて生きよ》

2010-10-17

  

わたしは、だれが死ぬのも喜ばないからだ。―神である主の御告げ―だから、悔い改めて生きよ。  (エゼキエル18:32)

 この時代にすでにこんなにも明確に悔い改めの教理が示されいたとは驚きです。◇まず、悔い改めはまったく個別的なものであります。<罪を犯した者は、その者が死ぬ>(4)のです。v20にも同じことが語られています。どうも当時のイスラエルの人々は「父がすっぱいぶどうを食べると、その子の歯が浮く」ということわざを信じていたようです。これは因果関係を当てはめる見方ですが、実は今日でもこういう見方がなされてないわけではありません。しかし、悔い改めは、罪を犯した本人がなさねばならないことなのです。大切なことはみな代理がきかないのです。◇次に覚えたいことは、この悔い改めを主が望んでおられるということです(23)。私たちは往々にして、悔い改めなしで神の救い、神の祝福を得たいと願うものです。悪い生活を続けながら天国にも行きたいのです。しかし、それは虫のいい話です。<態度を悔い改めて>と言われていますが、まず生き方の向きを変えて出発し直さなければなりません。神様は、御自分に向かう者に答えてくださるのです。反対に、悔い改めを拒む人を悲しんでおられるのです(32)。◇最後に最も大切なこととして覚えたいことは、悔い改めによって私たちは、新しいいのち、新しい力を与えられると言う点です(31)。<新しい心と霊を得よ>と命じられています。これは不思議な神様の御わざです。克服できずにいた悪い習慣が、悔い改めることによってポロリととれたという経験はクリスチャンの証しではないでしょうか。心の霊が新しくされると、その人も、その人の生活も新しくされるのです。このようにして私たちはキリストと同じ姿に造り変えられて行くのです。アーメン。


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