浦和聖書バプテスト教会

《悔い改めという恵み》

2013-05-05

 

自分のそむきの罪を隠す者は成功しない。それを告白して、それを捨てる者は、あわれみを受ける。 (箴言28:13)

 

この一連の聖句は(13,14)、悔い改めの普遍的な恵みを教えてくれます。◇まず最初に覚えたいことは、罪とは神にそむくことであり、人はそれを隠す傾向を持っているということです。これは原初から、即ちエデンの園から確認できます(創世記3章)。罪を犯した最初の人間は、神が近づかれた時、<神である主の御顔を避けて園の木の間に身を隠した。>と記されています。これは、罪を隠そうとする人間の普遍的な姿と言わねばなりません。私たちの人生を狂わせ、神の祝福を失わせるのは、この「隠されたそむきの罪」なのです。私たちは<成功しない>ということばを、<あわれみを受ける>と対比して覚えねばなりません。◇神のあわれみは<それを告白して、それを捨てる者>に注がれるのです。もち論、他人に対してでなく、神に向かって告白するのです(Ⅰヨハネ1:9)。それと同時に、その罪を捨てねばなりません。告白と捨てることとが一体となってなされるのが「悔い改め」なのです。この悔い改めがなされた時、神はその罪を赦してくださるのです。イエス・キリストの十字架の贖いを改めて感謝しなければなりません。神のあわれみとは、「罪の赦し」とその後に続く「聖化」なのです。◇私たちは、このような悔い改めの姿勢を持って生きて行かねばなりません。v14では、このような人を<幸いなことよ。>と言っています。悔い改めは、主を恐れていることの「しるし」と言ってもよいでしょう。反対に<心をかたくなにする人>とは、自分のそむきの罪を認めず、悔い改めを拒む人を指していると言ってよいでしょう。すべての人の人生は、絶対主権者であられる神の御手の中にあることを覚えねばなりません(使徒17:17,18)。
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