浦和聖書バプテスト教会

《祈り-神との対話》

2016-09-04

サムエルは「お話しください。しもべは聞いております。」と申し上げた。   (Ⅰサムエル記3:10b)

 祈りは神との対話(dialogue)である、とは多くの先人たちが伝えるところです。◇対話ですから、最も大切なことは、相手の言い分に耳を傾けることです。そのためには、私のほうで口を噤まなければなりません。祈りの中で、なかなか主の御声を聞くことが出来ない理由の一つがここにあると言ってよいでしょう。黙すことの大切さを知らないのです。そして、こちらから一方的に<願い事(ピリピ4:6)>を伝えるだけで済ましているのです。これは一方通行の祈りです。
◇この祈りにおける黙すことの大切さを鮮やかに教えてくれるのがヨブの体験でしょう(ヨブ記38:1,2)。友人たちとの噛み合わない議論に言葉を尽くし(3章~26章)、さらに自分の<格言>に言葉を使い果たし(27章~31章)、終に語るべき言葉を失った時に主の語りかけを聞くことが出来ているのです。<知識もなく>一方的に自分の<言い分>だけを語っていたヨブを、主は<摂理を暗くする者>と指摘しています。語るべき言葉を失ってはじめて主の御声を聞くことができたのです。祈りにおいては、自分が語るよりはるかに、静まって主の語りかけに耳を傾けることが重要なのです。◇サムエル記に戻って、エリとサムエルを見比べてみましょう。エリは主の呼びかけに気付きました(10)。恐らく、若い頃に主との語り合いを経験していたからでしょう。(しかし今は、老いと不従順のゆえに祈りを失っていたのです。)一方サムエルは、このような経験は初めてだったのです(7)。だから分からなかったのです。しかし、主との語らいを知った彼は、この後の生涯、絶えず主の語りかけを聞きつつ歩み続けていくのです。「お話ください。しもべは聞いております。」これが祈る姿勢であり、祈る行為なのです。


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