浦和聖書バプテスト教会

《祝福を失う理由》(1)

2010-05-23

 サムエルはサウルに言った。「あなたは愚かなことをしたものだ。あなたの神、主が命じた命令を守らなかった。  (Ⅰサムエル記13:13)

 説教者としては、あまり取り上げたくないテーマです。しかし、あまりにもリアルな現実です。目を閉じているわけには行きません。◇まず、サウルには主に従わなくてもよいと思える合理的な理由があったことに注目しなければなりません。ペリシテとの戦いが今にも始まろうとしていたのです。この戦いが始まる前に、何としても主に嘆願しなければなりません。しかし、その礼拝を行うはずのサムエルは約束の日に到着しませんでした。サウルは7日間も待ったのです(8)。それでもサムエルは来ませんでした。仕方なくサウルは、自分で<全焼のいけにえをささげた>のでした(9)。しかしこれが、致命的に<愚かなこと>だったのです。◇考えさせられます。真っ向から主の命に背く人は別として、私たちも主の命に従えないときには「それなりの理由」があるものです。そして、私の心の中の信仰者は、その時「仕方ない」とつぶやくのです。「仕方ない」は、私たちの行為を正当化し、従って心の中から罪意識を消し去ってくれるのです。サウルの姿に、自己正当化と罪意識の欠如があることを見逃してはなりません。そして、この在り方が、祝福を失う理由となっているのです(14)。◇どんな合理的理由があろうと、主の命に背くことは罪なのです。私たちに大切なのは、それが罪であることを認めて悔い改めに向かう姿勢ではないでしょうか。これが欠けていることが一番の問題なのです。クリスチャンの世界だけでなく、この世界のあらゆる所に自己正当化と罪意識の欠如の姿があります。私たちは、この在り方こそ神の祝福を失う根本的な理由であることを決して忘れてはなりません。特に、神を信じる者は。


最近のメッセージ

年月別メッセージ

アクセスカウンター

  • 今日:715   昨日:284
  • Total:268245   Online User: 0