浦和聖書バプテスト教会

《神が争うとき》

2002-05-05

そのため、わたしはなお、あなたがたと争う。(エレミヤ2:9)

主なる神様が、私たちと争うお方であることをどれだけの人が知っているでしょうか。多くの人が、そんな神様は認めたくない、と思うでしょが、真実は違います。<わたしはなお、あなたがたと争う。>と言われるのです。どうしてでしょうか。◇まず第1に、イスラエルの人々は、誠実な信仰、愛に満ちた従順な信仰を過去のものにしてしまったのです(2,3)。人間にはこういう側面があるようです。若い苦しい時代には従順に主に仕えていたのに、祝福を受けて豊かになると、次第に主を忘れていくのです。「むかしはよいクリスチャンだった。」ということには何の意味もありません。主は私たちに、今どのように従うかを問うているのです。◇第2に、主がイスラエルと争うのは、彼らが与えられた祝福を汚してしまったからです(7)。約束の地は、神の賜物以外の何ものでもありません。彼らは十分にその恩恵を味わい楽しむことができたのです。しかし彼らは、そのゆずりの地を<忌みきらうべきもの>にしてしまったのです。物質的な豊かさの中で聖さを保つことは何とむずかしいことでしょうか。私たちは、主からゆずり受けた恵みを絶えず聖別し、主の栄光のために用いてゆかねばなりません。◇主が彼らと争われた理由の第3は、彼らが主を求めなくなってしまったからです(6,8)。これも豊かさと関係があることでしょう。何もかも満たされていくと、主を求める必要を感じなくなってしまうのです。その結果、物質的な豊かさが、かえって心の貧しさを招いてしまう。こういうことは、大いにあり得ることなのです。「主はどこにおられるのか。」 この問いかけを決して忘れてはならないのです。


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