浦和聖書バプテスト教会

《神の忍耐の間に…》

2016-05-22

・・・かえって、あなたがたに対して忍耐深くあられるのであって、ひとりでも滅びることを望まず、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです。(Ⅱペテロ3:9)

 当時も今も同じですがv4〈キリストの来臨の約束はどこにあるのか。〉と言って生きている人々が沢山います。確かに人から見れば遅れているように感じます。しかし、みことばはその理由をv9〈(神が)あなたがたに対して忍耐深くあられる〉からと言うのです。では、この神の忍耐とは何なのでしょうか?
 神の忍耐を知る上で、最初に人の忍耐について考える必要があります。人の忍耐というのは限界があり、限界を超えれば怒りに変わります。それは「我慢」という側面が大きいように思います。また、人の忍耐は機嫌が良ければ持続しますが、悪ければ持続しません。非常に小さい忍耐であると言えます。
 ところが、神の忍耐は人のそれとは全く違います。限界がないのです。みことばはv3〈終わりの日に、・・・自分たちの欲望に従って生活〉すると言います。これは、罪に支配され欲望のままに生きているという事です。しかも、それだけではありません。神をあざけり、馬鹿にするというのです。こういう生き方をしているのが人なのです。ですから、神は人に対して確実に怒っています。しかし神は、再臨の時まで忍耐し続けるのです。何故でしょうか?それは、v9〈ひとりでも滅びることを望まず、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられる〉からなのです。神は、すべての人が悔い改めることを望んでおられます。ですから、今も寛容な心で忍耐を続けておられるのです(ローマ9:22-23)。
 今はこのような神の忍耐の期間なのです。ですから、この期間に神に悔い改めるべきです。何故なら、やがてこの忍耐が終わりを告げるからです。そうなってはもう遅いのです。神に悔い改める歩みをいたしましょう。       (文:実成)


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