浦和聖書バプテスト教会

《神の聖定に生きる》

2010-02-26

 

  「わたしは、あなたを胎内に形造る前から、あなたを知り、…あなたを聖別し、…定めていた。」 (エレミヤ書1:5)    

 人生には自分で自由に選んでよいものと、決してそうしてはならないものがあります。もしエレミヤが預言者になるのを自由に避けていたなら、恐らく彼は一生の間「生きる意味」をつかむことができなかったでしょう。◇実は彼は、気持ちの上では、預言者になりたくなかったのです(6)。彼はもともと祭司の家系に生まれましたから(1)、そのまま祭司職を受け継いで生きて行くなら、それなりの人生を歩んで行けると考えていたのでしょう。しかし、冒頭の主のみことばは、神の永遠の計画においては、彼が祭司ではなく預言者として生きるように定められていると伝えているのです。これを、神学のほうでは「神の聖定」言っています。◇この神様の永遠の計画はだれにでもあるわけですが(エペソ1:4)、問題は、ほとんどの人がそれを自由な選択によって避けて生きてることです。これが罪の本質的な姿です。何もかも自分で決められると考えているところに、最大で致命的な間違いがあるのです。人生には、あらかじめ神の定めておられるものがあります。それに従わなければ、私たちはいつまでも迷いの中を歩まねばならないのです(ローマ3:12)。◇神の聖定には従わなければなりません。創造主は何よりもそれを願っておられるのです(テモテⅠ2:4)。クリスチャンとして生きることを、自分で決められると考えている人はいないでしょうか。そうではありません。それは従わねばならないことなのです。神の聖定のない人はひとりもいません。神様を信頼し、神様に従って生きることは、すべての人に定められている永遠の計画なのです。

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