浦和聖書バプテスト教会

《試みと御霊のささえ》

2010-03-21

  

  さて、聖霊に満ちたイエスは・・・御霊に導かれて荒野におり・・・悪魔の試みに会われた。  (ルカ4:1,2)

 <御霊に導かれて>とあります。あまりよい訳ではありません。思い切って「御霊にささえられて」と訳したほうが、ここでの意味を的確に捉えることになるでしょう。◇と言うのは、神様が私たちをサタンの試みに導かれるようなことは決してなさらないからです(ヤコブ1:13~15)。逆です。神様はどんな試みの中にあっても、聖霊によってわたしたちをささえ守ってくださるのです。ここに、主イエスが<聖霊に満ちて>この厳しいサタンの試みを受けられた理由を見なければなりません。このような試みは、聖霊に満たされ、聖霊のささえなくしては決して乗り切ることはできないのです。◇パウロの有名なことばを想い起します(Ⅰコリント10:13)。聖霊なる神は、私の置かれている状況も、私の個人的な能力もすべてご存知であられます。ですから、<耐えられないほどの試練に会わせることはなさらない>のです。これが御霊の守りです。加えて、必ず<脱出の道も備えてくださいます。>これが御霊の導きです。従って御霊のささえの中にある私たちには、絶望や破滅はないのです。サタンがいかなる試みを仕掛けてきても、御霊にささえられている私たちには敗北はないのです。◇さらに、それだけではありません。サタンの試みを乗り切った主イエスに目を留めてください。<イエスは御霊の力を帯びてガリラヤに帰られた>(14)とあります。今まで以上に、一層、御霊の力をいただいているのです。これは決してサタンの試みがなくなったと言うことではありません(13)。これからの伝道生涯に襲ってくるさらなるサタンの攻撃にも勝利できる御霊の力を持たれたということなのです。


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