浦和聖書バプテスト教会

《遣わされた神の御子》

2012-12-09

 

 神はご自分の御子を、罪のために、罪深い肉と同じような形でお遣わしになり、肉において罪を処罰されたのです。 (ローマ8:3b)

 

この短い聖句には、クリスマスのすべてが説き明かされているといってよいでしょう。◇先ず第一に覚えたいことは、主イエスは「神の御子」であられたということです。<神はご自分の御子を>と言われています。有名なヨハネ福音書3:16のみことばも同じです。そこでは<そのひとり子を>と言われています。これは「比類のない、独自の御子」という意味です。私たちは安易に「神が人になられた」と言いますが、ここには後にも先にもない、時間の中で神がなされたたった一度切りの驚くべきみわざが啓示されているのです。◇では、神は何のためにこのようなことをなされたのでしょうか。<罪のために>と言われています。もち論、私たちを罪とその結果である死から救い出すためです。そのために御子は、どうしても<罪深い肉と同じような形>を採らねばならなかったのです。全人類を代表するためです。人にならなければ人の代表にはなれません。しかも、私たちと同じ罪人になってしまっては代表者としての資格は失われてしまいます。代表は、罪のない人となられた神の御子ひとりしかおられないのです。◇最後に<肉において罪を処罰された>ということばに注目しましょう。言うまでもなく、これが主イエスの十字架の死です。世の人々がキリストの十字架をどう見ようと何と言おうと、絶対者であられる神が、あの十字架において私たちのすべてのそむきの罪を処罰されたのです。神がそうされたのに、人はそれに対して何を口答えできるでしょう。神のなさることにはただ従がうことしかないのです。従がったから<今は、キリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません。>(1)となったのです。
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