浦和聖書バプテスト教会

「弟子たちの献身」

2017-05-14

イエスは彼らに言われた。
「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしてあげよう。
聖句:マルコ1:17 奨励者:川島 実成

献身は簡単にはできることではありませんが、この個所で弟子たちはすぐに献身しています。どうして、そうできたのでしょうか?
第一に、弟子たちはイエスをメシヤ(救い主)と確信したからです。ヨハネ福音書1章35節~42節を見てみますと、バプテスマのヨハネがイエスを「神の小羊(36節)」と指示し、それを聞いた二人(後の弟子)はイエスと交わりをしています。その一人であったアンデレは、兄弟ペテロをイエスのもとに連れてきました。こうやって、ペテロはイエスと出会い、イエスが預言されたメシヤ(救い主)だと信じたのです。その上でイエスは、彼らが罪人の一人に過ぎないことを教えました(ルカ5:4-11)。この時、彼らはイエスがメシヤであるとの揺るぎない確信をしたのです。そして、これがなければ誰も献身することできないのです。
第二に、弟子たちはそのメシヤの声(みことば)を聞いたからです。イエスは、確信した彼らに上記のみことばを語ります。これは、「わたしの後に(絶対に)ついて来なさい。」という神の絶対的な命令です。この声を聞いた時、彼らは迷うことなく自らをささげて献身しました。自分が確信してやまないイエスのみことばに、素直に従ったのです。それは、すべてを捨てることを意味します。けれども、彼らは猟師という安定した仕事と家族さえも捨て(18、20節)、人間をとる漁師となることを選んだのです。イエスは言います。〈わたしのもとに来て、自分の父、母、妻、子、兄弟、姉妹、…憎まない者は、わたしの弟子になることができません。〉(ルカ14:26)。弟子たちは、これをしたのです。
主イエスは、何も能力のある者を必要としているのではないのです。イエスをメシヤと確信し、みことばに応答した、名もない漁師を必要とされたのです。この点を覚えて自らをささげましょう。主は今も働き人を、必要としているのです(マタイ9:37)。


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