浦和聖書バプテスト教会

9月, 2012年

《苦しみと立ち返り》

2012-09-30

  しかし、我に返ったとき彼は、こう言った。『父のところには・・・(ルカ15:17)

 

先ず彼の陥った苦しみに目を留めてみましょう。◇<何もかも使い果たしたあとで・・・彼は食べるにも困り始めた>(14)とありますが、これは彼の責任で起こったことです。放蕩に全財産を使ってしまったのですから。しかし主イエスは、それに付け加えて<大ききん>が起こった、と語られます。これは自然災害で、彼の責任で生じたことではありません。神の御手の中にあることです。このたとえ話の中で、主はとことん彼を苦しい状況に追い込んでいるのです。さらにv15,16を見ますと、彼はユダヤ人としては屈辱的な生活を強いられています。もち論、彼を助けてくれる友もひとりもいません。彼は、自分の人間としてのプライドさえ奪い取られているのです。◇主は、どうしてこれほどまで彼を苦しめねばならなかったのでしょう。次のv17<しかし、我に返ったとき彼は>にその理由を見出します。何とか乗り切れるうちは、人はなかなか「我に返る」ことをしません。物的、肉体的苦しみから尊厳的苦しみに至ってはじめて我に返ることができるのです。主は、そういうかたくなな心を砕いているのです。◇では、<我に返る>とは、どういうことなのでしょう(17)。第1に、今の自分に「おかしいな」と気付くことです。自分はこんな生き方をするはずではない、これは自分の本来の人生でない、と感じ取ることでしょうか。苦しみの意味ある働きはここから始まります。次に大切なことは、現実の自分と父のもとにある筈の自分との対比ができています。<それなのに>ということばは重要です。彼は、自分のあるべき姿を悟ったのです。最期に一番大切な点は、彼が明確な決意をして、それを実行してることです(18)。父のもとに立ち返って、悔い改めたのです。これが救いなのです。
音声はこちら

《誤った人生判断》

2012-09-23

 

  それから、幾日もたたぬうちに、弟は、何もかもまとめて遠い国に旅立った。そして、そこで放蕩して・・・(ルカ15:13)

 

この放蕩息子の罪は何処にあるのでしょう。◇多くの人が、彼の放蕩の生活であると考えます。もち論それも罪です。しかし、そうであるなら、彼は父からもらった恵みの使い方において間違ったということになります。言い換えれば、父から受けた恵みを正しく用いさえすれば、豚の食べるいなご豆で飢えを満たしたいと思うほどの窮地に陥らずに済んだ、彼は恵みの使い方において間違った、それが彼の罪だと。しかし、主イエスの伝えたかった真意がそこにあるとはとても考えられません。それは、行いさえ間違わなければ人は救われるという考えになってしまうからです。聖書はこの考えをまったく指示していません(エペソ2:8,9)。彼の放蕩は、むしろ罪の現われ、結果なのです(ローマ6:23)。◇では、彼の罪は何処にあったのでしょう。彼は愚かではありませんから、父の恵みがなくても生きて行けるとは考えてはいません。生きるために必要なものはすべて父から受けているのです(12)。問題は、恵みさえあれば、あとはひとりで生きて行ける、かえって父は邪魔だと考えたところにあるのです。これが<何もかもまとめて遠い国に旅立った>彼の姿なのです。そしてこれが、主イエスの示す根本的な罪なのです。◇私たちは、窮地に陥り苦しんでいる彼の姿を現代人の姿と重ね合わせて見ない訳にはいきません。私たち人間は、生きるために必要なすべてのものを神から受けているのです(詩24:1・Ⅰコリント4:7)。しかし、神に従うことを嫌います。恵みだけせしめて、あとは自分の思いのままに生きたいのです。しかし、神から離れた生き方がとんでもない誤りであることを、現在の窮状と苦しみが物語っているのではないでしょうか。
音声はこちら

《自分にへつらう罪》

2012-09-16

 

 彼はおのれの目で自分にへつらっている。おのれの咎を見つけ出し、それを憎むことで。(詩篇36:2)

 

先ず口語訳とのちがいに触れておかねばなりません。ヘブル語原文には否定語は使われてないのです。◇ですから、これは単に自分の罪を隠す罪ではありません。むしろ、自分に自分の罪を明らかにすることによって犯す罪なのです。自分にへつらう(おもねる)とは、自分に対して事実以上の高い評価を与えようと自分に取り入ることです。それはある種の自己愛であり、自己欺瞞です。著者はこれを<おのれの咎を見つけ出し、それを憎むことで>行っていると指摘しています。これは、悔い改めの姿です。従がって、自分にへつらう罪とは、自分で自分に対して高い評価を与えようとして信仰的な姿を演じる罪ということができるでしょう。◇これは特殊といえば特殊な罪ですが、私たちがこれに陥る危険がない訳ではありません。少なくとも、自分を高く評価するために信仰を演じるということは大いに起こり得ることです。しかし、作り出し、演じられた信仰ほど神を冒瀆するものはありません。使徒5章に出てくるアナニヤとサッピラという夫婦は、この罪の故に神の怒りのさばきを受けたのです。今日ではあわれみの故に即座に肉体の死を受けることはないかも知れませんが、この罪を犯すなら霊的には確実に死にます。イスカリオテ・ユダもこの例に加えることができるでしょう。彼は生涯、イエスの弟子を演じ続けたのです。◇私たちは、神の御前に真実の自分(ありのままの自分)であらねばなりません。神の御前に真実であるということは、自分自身に対しても真実であることなのです。まちがっても「自分は何てすばらしい信仰の持ち主なんだろう」などとは思わないように自戒しなければなりません。自分から出ているものは、結局、死でしかないのです。
音声はこちら

《罪の根本は?》

2012-09-09

 

罪は悪者の心の中に語りかける。彼の目の前には、神に対する恐れがない。(詩篇36:1)

 

罪の根本は何でしょうか。ずばり、神を恐れないことです。ここから、普段私たちが罪と考えている諸々の行いが生じて来るのです。◇この点において、世の一般的な見方と聖書の視点には大きな隔たりがあることを知っておかねばなりません。世の中では、実際の行動にならなければ罪にはなりません。誰かをどんなに憎んでも、それが心の中でなされている限りは罪を問われないのです(Ⅰヨハネ3:15)。情欲をいだいて女性を見ても、姦淫の罪を犯したことになりません(マタイ5:28)。しかし主は、<悪い考え、殺人、姦淫・・・は心から出てくる>と言われ、これが人を汚すと語っておられます(マタイ15:18~20)。◇ですから私たちは、考え方を変えねばなりません。罪を犯したから罪人になるのではなくて、罪人(罪を持っている者)だから罪を犯してしまうのです。<罪は悪者の心の中に語りかける>のです。罪の誘惑です。これは何も悪者だけに限ったことではありません。私たちはみんな、心の中の罪の語りかけを知っているではありませんか。罪の語りかけにさらされていない人はひとりもいないはずです。しかし私たちは、この語り掛けに打ち勝たなければなりません。◇絶対に必要なことは、心の中に神に対する恐れを持つことです。しかも自分の<目の前に>です。神を恐れなければ、結局こわいものは何もありません。何をしたって私の自由、ということになるのです。これが今、私たちの同胞が抱えている最も深刻で根本的な問題なのです。今こそ私たちは、神を恐れることを学ばねばなりません。<結局のところ、もうすべてが聞かされていることだ。神を恐れよ。神の命令を守れ。これが人間にとってすべてである。>(伝道者の書12:13)
音声はこちら

《御霊なる主を知る》

2012-09-02

 

・・・彼らは「いいえ、聖霊の与えられることは、聞きもしませんでした。」と答えた。(使徒19:2)

 

むずかしい神学論議を展開する心算はありません。ここには、聖霊の賜物を知らない12人の信仰者が出てきます。この人たちに注目して欲しいのです。◇彼らは、主イエスのことを知らなかった訳ではありません。前任伝道者アポロは<霊に燃えて、イエスのことを正確に語り、また教えていた>(18:25)のです。彼らは、イエスが神のひとり子であることも、十字架の贖い主であることも、復活の主であることも、正確に教えられて知っていたのです。しかしパウロは、エペソに来て彼らに会うとすぐ、彼らの信仰の欠けに気付きました。何かが足りない。パウロは尋ねました。「信じたとき、聖霊を受けましたか。」(19:2)◇私たちは、聖霊の賜物を知らないでいるとどうなるのか、彼らに自分を重ね合わせて見ることができるのです。イエスのことを正確に知っていても、それが生きた力となって現れてないのです。彼らの信仰には、喜びも活気も見て取れなかったのでしょう。聖書は彼らの姿を別の角度から<ただヨハネのバプテスマしか知らなかった>(18:25 19:4)と記しています。即ち、彼らの信仰生活は罪を悔い改めるばかりで、その先に進むことを知らなかったと言えるでしょう。◇これは決して悔い改めを軽んじたり無視したりすることではありません。救いは罪を悔い改めることなしには絶対に成就しないからです。彼らが救われてなかったとは誰も言えないでしょう。しかし、悔い改めは出発点です。私たちはその先に進んでいかねばなりません。それが、Bヨハネから離れて主イエスについて行くことなのです(8月19日説教)。真の信仰生活は、御霊となって今も私の人生に直接働いておられる主イエスとともに生きることなのです。<主は御霊です>(Ⅱコリント3:17)。
音声はこちら


最近のメッセージ

年月別メッセージ

アクセスカウンター

  • 今日:174   昨日:125
  • Total:183786   Online User: 1