浦和聖書バプテスト教会

6月, 2013年

《なまけ者について》

2013-06-30

 

なまけ者よ。蟻のところへ行き、そのやり方を見て、知恵を得よ。(箴言6:6)

 

ひと言で「なまけ者」と言っても、いろんなタイプがあるようです。◇しかし共通している姿は、ひとつには、やるべきことをしない姿です。<しばらく眠り、しばらくまどろみ、しばらく手をこまねいて、また休む。>(10)とあります。疲れた時などは、しばらく眠り、しばらくまどろむこともあります。しかしそれは、再び立ち上がって行くための大切な休息の時なのです。ところが、なまけ者は<また休んで>しまうのです。その結果、なまけ者にはもうひとつの点が伴います。それは<貧しさ>です(11)。同じような趣旨のみことばが、24:30~34にも出てきます。<貧しさ>が<浮浪者のように>やって来るとは、おもしろい言い方です。◇では、何故このような姿に陥ってしまうのでしょうか。二つのみことばに注目したいと思います。第一は20:4です。<なまけ者は冬には耕さない。>とあります。確かに常識的には、冬に耕してもあまり効果は望めないでしょう(合理主義・効率主義)。しかし「春が来たら耕そう」と考えている人には、春はいつまでもやって来ないのです。来ても、その時はもう遅いのです。冬の凍てついた地面を耕しながら春を待つ、という信仰の姿勢を養わねばなりません。もう一つのみことばは26:13~15です。これも私たちが陥りやすい姿です。確かに今の時代は何処に<獅子>が潜んでいるか分かりません。しかし、その危険を予測するのあまり、何もしないでゴロゴロしている(14)のも<なまけ者>なのです(現実主義・安全主義)。◇私たちは、<冬>(時)に支配される者でもなく、<ちまた>(状況)に動かされる者でもない筈です。十字架の主イエスは、時を越え、状況を越えて私たちを救ってくださったのではないでしょうか。アーメン。
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《恵みの救い》

2013-06-23

あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。(エペソ2:8)

 今日は、救いについて考えたいと思います。v8〈恵みのゆえに〉とあります。人が恵みを感じるのは、自分ではできない事を、誰かが助けて解決してくれた時かと思います。実はこれは人の救いに関しても同じです。◇生まれながらの人間を、みことばはv1〈あなたがたは自分の罪過と罪との中に死んでいた〉と伝えます。人間は本来、神の働きを担う者として「神のかたち」に創造されました。ところが人は罪を犯し、神に反逆して生きる罪人となりました。この姿をみことばは、罪の中で死んでいるというのです。これは何も肉体的な死を言っているのではありません。神との関係が完全に途切れた状態を言っているのです。そして、このような神との関係の途切れた罪人の結末は最悪です。地上の人生を終えた後、神の御前に裁きを受け、地獄で永遠に苦しむのです。(黙20:11-15)◇では、どうしたらよいのでしょうか?もう一度上記のみことばを見てみましょう。ここには〈あなたがたは・・・救われた〉とあります。ですから、罪人も救われる事ができるのです。しかし、それはv9〈行いによるのではありません。〉私たちは神様に対して何か良い行いをすれば、罪が赦されて救われると思いがちです。けれども、行いでは決して救われないのです。では、何が私たちを救うのでしょうか?それは、主イエス・キリストに対する信仰だけなのです。そして、その信仰とは、主イエスが私の罪の身代わりとなって十字架で死に、甦られた御業を素直に信じる事なのです。そうした時、神は罪人を救ってくださいます。◇必要なのは行いではなく主イエスへの信仰なのです。ですから、救いは恵みなのです。     (文:伝道師 実成)
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《神のもとに戻るために》

2013-06-16

 

あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。ですから自分のからだをもって、神の栄光を現しなさい。(Ⅰコリント6:20)

 

このみことばを正しく理解するためには、どうしても、人間の犯している「背信の罪」を確認することから始めねばなりません。◇私たちは二週に渡って、この罪がいかなるものかに触れてきました。それは先ず、もともと神のものである人生を、人はまったく自分のものにしてしまっていることです。従って第二には、自分の人生にある神の計画を全く無視して、自分の計画がすべてとしてしまっていることです。預言者イザヤの告げたことばをもう一度想い起さねばなりません。<私たちはみな、羊のようにさまよい、おのおの、自分かってな道に向かって行った。>(イザヤ53:6) これほど的確に人の背信の姿を表現していることばは他にないでしょう。◇しかし、愛の神は、この背信の人間をほって置かれたわけではありません。冒頭の聖句に目を向けましょう。神は背信の私たちを<代価を払って買い取られた>のです。言うまでもなく、これがイエス・キリストの十字架の贖いです。神は、私たちの背信の罪をすべて主イエスに負わせ、処罰されたのです。だから主イエスは、ご自分のいのちと引き換えに、私たちを神のものに取り戻してくださったのです。◇ですから聖書は<あなたがたのからだは、・・・もはや自分自身のものでないことを知らないのですか。>(19)と問いかけているのです。私たちは、キリストの贖いの故に、再び神のものに戻ることが出来るのです。私たちに求められているのは、このまま<羊のようにさまよい>続けて行くのではなく、神様のもとに立ち返って、これから神様の計画に従って生きることなのです。十字架によって、神様のもとに立ち返る道はすでに調えられているのです。アーメン。
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《私にも神の計画がある》

2013-06-09

 

すなわち、神は私たちを世界の基の置かれる前から彼にあって選び、御前で聖く、傷のない者にしようとされました。 (エペソ1:4)

 

私たちひとりひとりが神のものであるということは(先週)ひとりひとりに神の計画があるということでもあるのです。
◇みことばは、その計画が立てられたのは<世界の基の置かれる前から>であると告げています。これは驚くべきことです。この世界が造られる前に、すでに私のことも神の計画の中に組み込まれていたのです。しかし、よくよく考えれば、これは当たり前のことかも知れません。全知全能の創造主が行き当たりばったりにこの世界を造られる筈がありません。微に入り細に至るまで綿密な計画を立てられ、それに沿って創造されたのです。この小さな私も、初めから神の計画の中にあるのです。◇聖書の他の箇所も確認しましょう。有名なのはエレミヤ書1:4,5でしょう。彼は、母の胎に宿る前から神様に知られ、聖別され、定められていたと言うのです。これが預言者としてのエレミヤの人生なのです。もっと興味深いのは、箴言8:22~31でしょう。これが主イエス・キリストの預言であることを否定する人はいないでしょう。キリストは、存在以前の実在者であり、世界創造の立案者であり実行者であられるのです。新約聖書のコロサイ書1:15~17も同じことを伝えています。◇しかし翻って、これはキリストやエレミヤと言った特別な人だけのことなのでしょうか。神様は、その他大勢の人のことは考えに入れておられないのでしょうか。そして私たちは、その他大勢の中で埋もれてしまう存在なのでしょうか。もし神様がそのようなお方なら信じるに値しないでしょう。私たちも、ひとりひとり、神様の計画を持っているのです。だから、神様に従って、みこころを知って生きねばならないのです。
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《私と私の人生は》

2013-06-02

 

 地とそれに満ちているもの、世界とその中に住むものは主のものである。(詩篇24:1)

 

この世界の創造主であられる神は、この世界のすべての所有者であられ、支配者であられます。◇ところが私たち人間は、いつの頃からか、自分と自分の人生はその中には含まれていないと考えるようになってしまいました。世界全体の創造を認める人でも、自分の人生は自分のものだと考えるようになったのです。これは、今日でもまったく同じです。クリスチャンの中にさえ、「自分の人生は自分のもの」と考えている人は多いのです。実はここに根本的なまちがいがあるのです。人は神から自分の人生を盗み取り、自分の思いのままに扱えるものとしてしまったのです。◇聖書の告げる「背信の罪」とは、こういう姿を指していると言ってもよいでしょう。それは、意識的に神に逆らうのではなく、知らん顔で、神のものを自分のものにしてしまっている罪なのです。ですから、本人にはまったく罪意識はありません。「自分のものを自分の思い通りに扱って何が悪い」というわけです。自分のお金や持ち物と同じように、自分の命も人生も思いのままに扱っているのです。この意味での「背信の罪」は、今や全世界を覆い尽くしていると言わねばなりません。◇改めてもう一度、昔の預言者のことばに耳を傾けねばなりません。<私たちはみな、羊のようにさまよい、おのおの自分かってな道に向かっていった。>(イザヤ53:6) 自分の人生を自分のものと考えて生きている人の姿を、これほど的確に言い表していることばは他にないでしょう。自分が混迷と危険の中にいることも知らず、なおも<自分かってな道に向かっている>のです。◇悔い改めねばならないのは、まさにこの点ではないでしょうか。私にいのちも、私の人生も、創造主であられる神のものなのです。アーメン。
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