浦和聖書バプテスト教会

8月, 2014年

《平和をつくる者》

2014-08-31

 

  あなたの右の頬を打つような者には、左の頬をも向けなさい。(マタイ5:39)

 

私たちは<平和をつくる者>でありたいものです(9)。この主イエスのみことばには(39)、そのために最も必要とされる姿勢が教えられていると言えないでしょうか。◇しかし先ず、誰もが抱く素朴な疑問に答えておかねばなりません。それは「こんな姿勢でいたら、悪をのさばらせるだけだ。」という主張です。私たちの心の中にある正義感は、これをもっともなこととするでしょう。悪い者は正義を持って懲らしめねばならないのです。しかし、争いはそこからエスカレートしてしまい、小さな争いが巨大な争いになってしまうのです。報復は報復を生みます。私たちは、最終的なさばき主を知っています(ローマ12:19~21)。だから<左の頬を向ける>ことが出来るのです。◇従ってこの姿勢には、抑止的な力も持ちません。力の入った握りこぶしをみせつけて「右の頬を打ってみろ。そうしたら、この握りこぶしですぐやり返す。だから手を出すな。」という平和はないのです。そもそも、そういう緊張関係を造ってしまうことが失敗なのです。さばき主の最後的権威を知っている私たちは、あたかも<ほふり場に引かれて行く小羊のように>(イザヤ53:7)静かに揺るぎなく左の頬を向けるのです。この姿勢は、次の「敵を愛する」教え(43~)にも通じるのではないでしょうか。◇人と人との関わりの中では、争いの種は常にあるものです。大切なことは、それを大きくしないことです(箴言17:14)。そのためには、右の頬を打たれても左の頬を向ける勇気と力と低さとが必要なのです。右の頬を打たれたからと言ってすぐ報復するから、平和はもろくも崩れ去り、争いが巨大化してしまうのです。私たちは、十字架を負わない平和はない、と知らねばなりません。
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《幸せな人生を歩むには》

2014-08-24

 

    幸いなことよ。そのそむきを赦され、罪をおおわれた人は。(詩篇32:1)  

 

たいていの人が、健康で生活が保障されていて、愛する人がいたら、幸せを感じられるようです。しかし、それで充分なのでしょうか。◇聖書は、それらの幸せを根底から支える最も重要な幸せの要素を示しています。それがこの詩篇で語られている「罪の赦し」なのです。私たちは誰もが、生まれながらにして神にそむき、多くの罪を重ねてきました。犯した罪とその咎を背負ったままで、はたして本当の幸せが得られるのでしょうか。こんなことを考えてみてください。罪を犯して大金を手に入れた人が、その大金を喜んで幸せに生きて行けるのでしょうか。言ってみれば、私たちが求めている幸せは、こんなものなのかも知れません。◇解決されてない罪が、どんなに心を蝕み、苦しみを負わせるか。この詩篇にはこの点も告白されています(3,4)。これを読むと、ある人は「何とおおげさな」と言うかも知れません。しかし、これが赦されてない罪を抱えている人の「魂の真実」なのです。心の奥底で<うめき>、<重くのしかかる>重圧に苦しみ、<かわききった>心で病んでいるのです。諸々の幸せの要素を手に入れても、神の赦しを受けていない魂は苦しみ、うめいているのです。◇覚えねばなりません。罪は神にしか解決できません。v5の告白に留意してください。罪を赦す権威を持っておられるのは神です。神のみです。人は同情はできても何も出来ません。まして、誰かの身代わりになって罪の責めを引き受ける資格など誰も持っていないのです。自分も同じ罪を犯しているからです。私たちは改めて、罪の赦しはキリストの十字架以外にないことを知らねばなりません。ローマ書5:6~11。どんな人生を歩むにしろ、「罪の赦し」という幸いには預かっていなければならないのです。

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《限りない赦しに・・・》

2014-08-17

 

しもべの主人は、かわいそうに思って、彼を赦し、借金を免除してやった。(マタイ18:27)

 

この主イエスのたとえ話ほど、神の赦しとそれに対する人の姿を的確に描いているものはありません。◇先ず、このしもべの借金の大きさに目を留めねばなりません。<1万タラント>とは、とてつもない金額です。1デナリを1万円で換算しても、6千万円を1万倍した金額になります。なぜ主イエスはこんなべらぼうな額にしているのでしょうか。言うまでもなく、人の罪の大きさとそれを赦す神のあわれみの限りないことを言い表しているのです。すでに触れましたように(3日奨励)、神の赦しは無限です。赦しを拒む罪以外に赦されない罪はないのです。◇最初この主人は、厳しく返済を求めます。持ち物も妻子も、自分自身さえ売って返済に充てるように命じるのです(25)。これが筋だからです。いわゆる律法による救いです。しかし主人は、初めから彼が返済できないことを知っているのではないでしょうか。問題を覚えるのは、このしもべが完済すると言い切っている点です(26)。「全部お支払いいたします。」と言っています。金額から考えて出来るはずがないのに。これが人の姿なのです。彼は、借金の大きさも、それを免除された有難さも分かっていないのです。◇この無理解は、彼の実際生活に即座に現われてきます。百デナリの仲間を赦すことが出来ないのです(28~30)。1万タラントと比べたら、百デナリはきわめて現実的な金額です。私の力で可能な金額ということです。しかし、神の赦しを理解できてない彼は、自分の能力で充分可能なことすら出来ないのです。私たちは、これが神の赦しを知らない人の現実の姿であることを認めざるを得ません。神の赦しを自分の人生としてない人は、他の人を赦すことが出来ないのです。しかし、赦さないことは罪なのです(33)。
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《赦してくださるからこそ》

2014-08-10

 

しかし、あなたが赦してくださるからこそ、あなたは人に恐れられます。(詩篇130:4)

 

 

キリスト教信仰の最も偉大な特徴は、そして他の宗教に類を見ない特徴は、「神の赦し」にあります。◇しかし、これは決して、神が私たちの罪を見てみぬ振りをするということではありません(3)。全知なる神は、私たちのすべての罪をご存知であられます。もしその罪に従ってさばかれるなら、だれひとりとして神の御前に立てる人はいません(詩143:2)。誰もが有罪宣告の下にあるのです。だから愛の神は、すべてを知った上で、そのすべての<不義>を赦そうとされるのです。私たちを、罪と滅びから救うためにです(詩103:8~14)。◇主イエスの十字架よりはるか以前にこのような神の赦しがなされていたことは、私たちを驚かせます。主イエスの十字架は、神の赦しの完成であって、決して始まりではありません。主イエス・キリストが血を流されるまでに、どれだけのきよい小羊の血が流されてきたことでしょう。旧約聖書レビ記などを読むと、ことごとにきよい犠牲がほふられていたのです。知れば知るほど、人間の救いにとって欠くことのできないのが罪の赦しであることが分かります。この「罪の赦し」を受けないまま罪を重ねて行くなら、この詩篇の著者のように<深い淵>陥って行く以外にないのです。実に多くの人が、今そういう歩みをしているのではないでしょうか。◇私たちは恐れる心を持って、この神の赦しに預からねばなりません。神のさばきを恐れる人はいるかもしれません。バチが当たる、タタリがある、もこの類と言えるでしょう。しかし、さばかれて当然な者が赦されるからこそ、驚きと恐れを覚えるのです。この点で、たださばくだけのこの世の神々とはまったく違います。この世の神は、私のために一滴の血すら流してくれないのです。贖いも償いもないのです。

《赦される罪・赦されない罪》

2014-08-04

 

  人はどんな罪も冒瀆も赦していただけます。しかし、御霊に逆らう冒瀆は赦されません。(マタイ12:31)

 

主イエスは、人はどんな罪も冒瀆(神を汚し貶めること)も赦されると言われました。しかし同時に、赦されない罪があることも明らかにされました。◇<御霊に逆らう冒瀆>とはどんな罪を言うのでしょう。いろんな人が、むずかしく考えてしまっているようです。中には、自分が犯した罪をそれに当てはめて「もう自分は救われることはない」と勝手に諦めている人もいるようです。主の言われた<御霊に逆らう冒瀆>とは、どんな罪を指すのでしょう。ヒントは、この直前に行われた主の御わざと、それに対するパリサイ人の非難の中に示されています(22~30)。主は御霊の力によって御わざを行いました。しかしパリサイ人は、それをサタンの力だと決めつけたのです。◇これは赦される筈がありません。救い主の御わざをサタンのわざにしてしまったからです。主イエスの彼に対する答えはきわめて常識的です(25,26)。主は、神の御わざは人の合理的な考え方で説明できると言っておられるのです。神は善を産み出し、サタンは悪を産み出すのです(33)。問題は、目の前で神の御わざを見ておりながら、それをサタンのわざにしなければならないパリサイ人の心にあるのです。◇赦されない罪とは、救い主イエスを否定する罪です。これは当たり前のことです。神が遣わされた救い主を否定する者が、どうして救われることがあるでしょう。主の弟子であるヨハネはその書簡の中で、これを<死に至る罪>と<死に至らない罪>という言い方をしています(Ⅰヨハネ5:16,17)。神様の救いの遠大さが見えてくるではありませんか。救い主キリストを拒んだり否定しない限り、人はどんな罪も赦していただけるのです。罪の赦しを拒む罪だけが赦されないのです。アーメン。
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