浦和聖書バプテスト教会

3月, 2015年

《平和と平安》

2015-03-29

 

  ですから、信仰によって義と認められた私たちは、私たちの主イエス・キリストによって、神との平和を持っています。 (ローマ5:1)

 

取り敢えず、平和とは、人対人とか国対国とかの関係における穏やかな状態、平安とは、自分の心の穏やかな状態と考えてください。◇一般的に人は、関係において平和だと心は平安を保つことが出来ます。逆に、関係において敵対していたり争ったりしていたら心は怒りや不安や恐れを覚えてしまいます。ひと言で表現してしまうなら、平和が平安をもたらす、と言えるでしょう。ですから聖書は、すべての人との平和を求めなさい(ヘブル12:14)と勧めており、主イエスも、自分の敵を愛しなさい(マタイ5:44)と教えておられるのです。どんな場合でも、敵対する関係を作ってはならないのです。◇神との関係でも同じです。冒頭の聖句に<神との平和を持っている>と出て来ます。神は霊的なお方ですから(ヨハネ4:24)、私たちの霊・魂と深く関わっているようです。もし神と敵対関係にあるなら、心でどんなに平安を画策しても、心の深いところでは怯えているのです(エペソ2:1~3)。私たちにとって何より大切なことは、神と和らいだ関係に入ること、神との平和を持つことなのです。◇改めて、主イエス・キリストがそれを与えてくださったことに感謝しなければなりません。ローマ5:6~10に目を留めましょう。<私たちが罪人であったとき>(8)は、神の<敵であった>(10)のです。そしてそれは<私たちがまだ弱かったとき>(6)でもあります。しかし、主イエスは、十字架の死によって私たちのすべての罪の責任を引き受けてくださり、神との和解を成し遂げてくださったのです。私たちは、神との平和を持っているから、心の根底において平安なのです。人や社会に対してだけでなく、何よりも大切なのは神との平和なのです。
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《神の国に生きる》

2015-03-22

 

人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません。」(ヨハネ3:3)

 

神の国を<見る>とも<入る>(5)とも言われています。これは、私たちが死んだ後のことなのでしょうか。否です。主イエスは、この地上の人生において、神の国に生きることが出来ると語っておられるのです。◇作家の太宰治は「自分はどうしても天国の存在を信じることが出来ない。しかし、地獄の存在は信じることが出来る。なぜなら、今生きているのが地獄だから」と言いました。彼は何度も聖書を手にしながら、生涯救われることはなかったのです。確かに、ある面から見れば、この世は地獄のような様相を呈しています。人の罪はますます深くなっているように思えます。しかし決して、創造者であられる神がこの世を見放しておられる訳ではありません。ただ、罪の故に、人にはそれが見えなくなっているのです。ニコデモのような真面目な人でもそうです。◇主イエスは、神の国を見るためには、新しく生まれなければならないと教えられます。即ち、肉のいのちのままでは、いつまでも肉のままだと言われるのです(6)。なぜなら、肉はすでに罪に汚れており、このままでは見えるものも見えないのです。私たちには、第二の誕生が必要です。それが<御霊によって生まれる>ということなのです。◇では、人はどのようにして新しく生まれることが出来るのでしょうか。主イエスの教えは暗示的ではありますが確かです(13~15)。<モーセが荒野で蛇を上げたように>とは、民数記21:4~9の出来事を指しています。注意したいのは、主なる神は<燃える蛇>を取り除かれたのではありません。その蛇にかまれても、旗竿の上に架けられた<青銅の蛇>を<仰ぎ見る>と生きたのです。まさに、主イエスの十字架の予型です。十字架は、死ぬはずの者に新しいいのちを与えるのです。
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《こころ病む時代を生きる》

2015-03-15

 

人の心は病苦をも忍ぶ。しかし、ひしがれた心にだれが耐えるだろうか。   (箴言18:14)

 

他人事では済まされません。誰もが重荷を負い、悩み疲れ、心がひしがれる危険性を抱えているのです。◇私たちは、健康ということを肉体だけのこととして捉えていられなくなって来ています。この聖句は、心がしっかりしていれば、肉体の病苦をも耐え忍ぶことが出来るが、心がひしがれてしまったら誰も耐えることが出来なくなると伝えています。たいていの人が「その通りだ」と感じるのではないでしょうか。人は、心が崩れたらもう生きていけないのです。そして今、そういう人が多くなっていますし、私たちもそうなる危険を抱えています。私たちは弱いのです。◇肉体と心、どちらの健康も大切ですが、最後的に私たちの人生を支えるのは心です。ここで心と訳されていることばは、二つとも、普通は<霊>(ルーアハ)と訳されることばです。霊、魂です。いのちの根源なのです(創世記2:7)。私たちが日常使っている心ということばよりもっと深い意味が込められています。心は霊の現われであると考えてよいかも知れません。ですから、心の健康は正しい霊の在り方から生まれると言えるのです。本物の心の健康は、気分転換や考え方を変えることより、もっと深いところにあるのです。◇では、霊の正しい在り方はどうすれば得られるのでしょうか。創造主である神につながること、これ以外にありません。私たちの主は、私たちの父です。友がいても仲間がいても、もし父がいないなら、その魂は何と孤独なことでしょう。詩篇の著者は<主よ。あなただけが、私を安らかに住まわせてくださいます。>(4:8)と告白しています。私たちの魂は、父のもとでこそ安らぎ、<ゆとり>を覚えることが出来るのです。もう一度、神であられる主にしっかりつながる必要があるのではないでしょうか。

※音声なし

《自分の生き方を考える》

2015-03-08

 

この二つより大事な命令は、ほかにありません。」 (マルコ12:31)

 

ここで主イエスは、数多い神の命令を絞り込むと、結局は二つの戒めに集約される、と教えておられます。この教えから、自分の生き方を考えてみましょう。人の生き方は、基本的にはそんなに多くはないのです。◇第一は両方とも無視です。神も隣人も無視するのですから、残るのは自分しかありません。この世界のすべては自分のためにあるのです。二番目は、神を愛すると思いながら隣人を無視です。<参>マタイ7:21・Ⅰヨハネ4:20 人を無視した神への愛は、極端な場合はテロ行為にまで及びます(ヨハネ16:2)。迷信・狂信の類です。三番目は二番目の反対です。これは説明を要しないでしょう。いわゆるヒューマニズムの愛です。しかし、この愛は、ひと度対立関係が生じると致命的になります。仲間を守るために、相手をやっつけなければならないからです。戦争は、この構図を持っています。◇では、私たちクリスチャンの生き方はどうあるべきなのでしょうか。主イエスの教えは明白です。両方がひとつになっていなければならないのです。即ち、神を愛することが人を愛することであり、人を愛することが神を愛することになっていなければならないのです。主イエスの興味深いたとえ話があります。マタイ25:31~46 これを要約すれば、人に示した愛は主に示した愛であり、人に示さなかった愛は主に示さなかったのです。しかも、これは、救われていない人の生き方であると主は言われます(41,46)。◇私たちは、改めて、今の自分の生き方を見直さねばなりません。自分の生き方を決めるのは自分です。神に仕えることが隣人に仕えることになっており、隣人に仕えることが神に仕えることになっているでしょうか。私たちは、人の中で、神に従って生きているのです。
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《神がおられる人生を得る》

2015-03-01

 

あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。(箴言3:6)

 

驚かれるかも知れませんが、創造主であられる神が臨んでおられない人生はひとつもありません。<私たちは、神の中に生き、動き、また存在しているのです。>(使徒17:28)。ただ残念なことに、それに気付かなかったり、不信仰によって否定してしまっているのです。◇神がおられる人生を自分のものとするには、先ず第一に<どこにおいても>主を認めねばなりません。初めから主の臨在を否定したら、見えるものも見えないのです。神のことば聖書が<初めに、神が…>(創世記1:1)で始まっていることを結び付けねばなりません。これは私たちに人生においても同じなのです。自分の人生を偶然の産物とするか、神の摂理とするかの違いです。◇次に大切なのは<自分の悟りにたよらない>ことです。「悟り」とはちょっと大げさかも知れません。やさしく言い換えれば、自分の思い、自分の判断を優先するな、ということでしょう。実はこれが難しいのです。クリスチャンでさえ、時に神がおられ、時に神不在となってしまうのですから。私たちは、自分の目に見えていることがすべてではないことを知っておかねばなりません。パウロのことばを想い起しましょう(Ⅱコリント4:17,18)。◇最後に<心を尽くして主に拠り頼む>ことです。率直に問わねばなりません。主に拠り頼むことに心を尽くしているでしょうか。私たちの心はあまりにも他の事柄に費やされてしまっていて、もう心のエネルギーが残ってないのです。ですから信仰生活はいつも後回しになってしまいます。逆でなければなりません。主に拠り頼むことに心を尽くすのです。それが<神の国とその義とをまず第一に求める>(マタイ6:33)ということでしょう。
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