浦和聖書バプテスト教会

1月, 2017年

《 信じること・従うこと 》

2017-01-29

あなたのみことばは、私の足のともしび、私の道の光です。    (詩篇119:105)

 

この世の中には、神の存在を認める人はけっこういます。しかし、神に従っている人は本当に少ないのです。◇これは何も私たち日本人の現実だけではありません。神の選びの民とされたイスラエルの人々の長い歴史を辿ればよく分かります。神に選び出され、神によって生かされていくべき彼らでしたが、旧約時代の彼らの歴史は、信仰の歴史とはとても言えません。むしろ、背信の歴史です。神を信じているのに、神に従えないのです。旧約聖書の中には、そういう彼らの姿が数え切れないほど記録されています。これが、今も変わらない人間の姿と言ってよいでしょう。◇どうして、そうなってしまうのでしょう。誰にも分かることですが、神の御こころよりも自分の欲望、思い、計画を優先するからです。マタイ6:33のイエスのみことばを見てみましょう。主はなに故にこのように命じておられるのでしょうか。これは、人が神の御こころより、いかに自分を優先してしまうものかを物語っているのです。改めて、信仰とは、神を信じるだけでなく、神の御こころに従うことであることを覚えねばなりません。信じることは、従うことなのです。◇では、どのようにして神の御こころを知ることができるのでしょうか。ずばり「聖書」です。119篇の130節・133節にも目を留めてみましょう。みことばは、何が神の御こころか、何が神がよろこんでくださることか、私たちに分別を与えてくれるのです。そして、私たちが生まれながらに抱えている罪の思いから私たちを守ってくれるのです。みことば以外の方法で神の御こころを知ろうとすることは、きわめて危険です。神の名を用いた自分信仰か、世的な偶像信仰に陥ってしまうでしょう。私たちは、みことばによって神の御こころに従うのです。
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《 十字架のイエスを見た結論 》

2017-01-23

 

 われわれは、自分のしたことの報いを受けているのだからあたりまえだ。だがこの方は、悪いことは何もしなかったのだ。  (ルカ23:41)

 

今朝のみことばには、十字架の出来事が書かれています。イエスの存在と十字架の死は学校の教科書にも書かれ、多くの人たちが、これを歴史上の事実と受け止めているのです。ところが、この十字架の事実は人を二分します。

実は、イエスとともに十字架につけられた二人の犯罪人(強盗)も同じでした。最初は二人ともイエスをののしっていたようです(マタイ27:44、マルコ15:32)。ところが、最終的には二つに分かれました。一つは、イエスに悪口を言い続けた人です。これは非常に多いと言わざるを得ません。こういう人は、イエスの表面しか見ないで結論づけるのです。もう一つは、最終的にイエスを信じた人です。彼は同じ十字架刑という苦しみを経験していく中で、イエスを観察しました。そして、一つの結論に達します。それが〈この方は、悪いことは何もしなかった〉(41節)なのです。

どうしてこういった結論に至ったのでしょうか。それは、彼がイエスを客観的に見たからからです。イエスは罪が無いのにも関わらず十字架刑にされました(4節、Ⅰペテロ2:22-24)。けれども文句ひとつ言わず、それどころか自分を殺す人々の為に祈ったのです(34節)。彼はこうした事実を同じ十字架刑を受ける中で見たのです。その時、これは罪ある人間にはできないと悟りました。ですから〈イエスさま。〉(42節)と自らの信仰を告白したのです。

人生の最後の最後でもいいのです。聖書を通して主イエスの十字架を見て欲しいのです。そこに、神の御子である客観的な事実が示されているのです。そして、この方を信じる者は誰でも救われるのです(ヨハネ3:16)。あの強盗でさえ救われたのですから(43節)。      (文:実成)
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《 原福音からキリストに 》

2017-01-15

    神は、・・・この終わりの時には、御子によって、私たちに語られました。  (ヘブル1:1~2)

 

人間の堕罪後、神は無為に時の流れを眺めておられたのではありません。◇先ず、創世記3:15。蛇(サタン)は〈女の子孫〉のかかとにかみつくが、女の子孫は蛇の頭を踏み砕くと預言されています。人間の堕罪直後に、神は救いの計画を考えておられたのです。これを昔から「原福音」と呼んでいます。その後はヘブル書の御ことばが伝えている通り、〈預言者たちを通して、多くの部分に分け、また、いろいろな方法で語られた〉のです。これには注意が必要ですが、救いの方法を色々提示されたということではありません。救いは初めから信仰によると定められていたのです。◇そして最後の最後に、神はご自分の御子を救い主(キリスト)として、この地上に送ってくださったのです。ですから、イエス・キリストは、救いの最終的方法であり、それは初めから考えられていたもので、御子において完成されているのです。キリストの後の時代には、決して新しい救い主が現れることはないのです。最後とは、これで完成したということであり、これ以後は何もないということです。◇さて、このような救いの啓示に対して、人間はどのように応じたのでしょう。主イエスの語られた興味深いたとえがあります(マタイ21:33~39)。この「息子の殺害」こそキリストの十字架を予告しているのです。一番弟子のペテロも証言しています(使徒2:36)。何と言う神の意に反する行為でしょうか。人間の罪深さは、神が送ってくださった救い主を殺してしまうという行為に、最も大きく現われているのです。恐ろしいことです。私たちは、この恐ろしい罪深い姿が、残念ながら今も変わらず続いていることを改めて覚えなければなりません。
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《 うちにキリストが生きる者 》

2017-01-08

私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。    (ガラテヤ2:20)

 

著者パウロは大胆な表現でみことばを記しています。彼はここで〈キリストが私のうちに生きている〉(20節)と語りました。一体これはどういう者なのでしょうか?

第一に、それはキリストと共に十字架につけられ、死んだ者であります。パウロは救われる以前の生き方に戻ってしまったユダヤ人のクリスチャン達に、〈私はキリストとともに十字架につけられました。〉(20節a)と語りました。これはパウロが実際にキリストともに十字架についたという意味ではありません。自らの信仰をこう表現したのです。それは、以前の自分は十字架につけて死に、決して戻らないという信仰の決意です。彼はこうやって徹底的にキリストともに死んだのです。うちにキリストが生きるためには、まず自分が死ななければならないのです。

第二に、それはキリストともに甦って、今私が生きている理由を深く知っている者であります。パウロは〈いま私が、…生きているのは…神の御子を信じる信仰によっているのです。〉(20節b)と自分が今生きている理由を伝えました。しかし、それは自分の十字架を負って死んでいなければ実感できません(マタイ10章38、39節)。死ななければ甦ることも、今生きていることの喜びもないからです。人はキリストとともに十字架で死んで、甦った時、初めて〈いま私が、生きているのは、…〉(20節b)という信仰の醍醐味を知るのです。すなわち、キリストの十字架を深く知れば知るほど、私たちのうちでキリストは輝きを持って生きるのです。

私たちはパウロのように、キリストが私のうちに生きている者でしょうか?新しい年になりました。もう一度、信仰生活の在り方を考えましょう。   (文:実成)
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《 年頭に当たって 》

2017-01-01

あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。 (箴言3:6)

 

年頭に当たって、私たちは改めて、主がどんなお方か、その主にどんな風に応えて生きねばならないかを覚えたいと思います。♢先ず簡単に3節。自分の悟りに頼らず主に拠り頼んで生きる。これは、私たちの基本中の基本です。過去のうまく行かなかった時を想い起こしてみましょう。たいての場合が自分を優先してしまって主をおろそかにしています。生まれながらの自分で生きると、罪ある私たちはそうなってしまうのです。だから御ことばは、主に拠り頼む生活で大切な点は何でしょう。<どこにおいても主を認める>(6a節)ことです。主を認めなければ、絶対に主に拠り頼む生き方は生まれてきません。これは当たり前のことですが、何故こんな当たり前のことをわざわざ命じているのでしょう。実は、それほどにまで私たち人間は主を認めない罪の傾向を持っていることを物語っているのです。主なる神は、どこであっても、どんな時にでも、私たちとともにおられます(詩篇139:7−12 神の偏在性)。主を認めないのは常に私たちの方なのです。現実の状況に動かされてしまうからです。だから穿った言い方をすれば、主の臨在を感じられない時こそ主を認めるのです。そして心を尽くして拠り頼むのです。♢こういう生き方を進めたとき、私たちの人生はどうなるのか、それが6b節です。年の変わり目です。過ぎた一年、<まっすぐ>な道を確認できるでしょうか。それが確認できるなら、それは主の恵みです。と言うのは、自分ではまっすぐ歩んでいる積もりでも、私たちは弱く、時代の波は激しいからです(同14:12)。まっすぐに歩ませてくださるのは、やはり主なる神であられることも、しっかり覚えましょう(同16:9)。
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